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最高裁判所第一小法廷 平成5年(オ)734号 判決

上告人

学校法人敬愛学園

右代表者理事

江畠清治

右訴訟代理人弁護士

浅岡省吾

被上告人

佐藤正典

右訴訟代理人弁護士

横道二三男

山内滿

右当事者間の仙台高等裁判所秋田支部平成二年(ネ)第七二号雇用関係存在確認請求事件について、同裁判所が平成五年二月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人浅岡省吾の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、肩書地において国学館高等学校(以下「本件高校」という。)を設置、経営する学校法人であり、被上告人は、昭和四一年四月一日、上告人に雇用され、以来、本件高校で主に倫理社会、政治経済、現代社会の授業を担当してきた教諭である。

2  本件高校は、昭和五七年ころ、教育内容の低落、学校財政のひっ迫、教職員の服務規律の乱れ等、教育機関としての荒廃が甚だしい状態に陥り、その再建のために、同五八年六月、江畠清治が上告人の理事長に就任し、同六〇年四月には兼ねて本件高校の校長にも就任した(以下、江畠を「校長」という。)。校長は、生徒の学力の向上と教職員の服務規律の厳正化を図るとともに、不要な支出を極力抑えることによって財政面での立て直しを図るなどして本件高校の再建に力を注ぎ、次第にその成果が上がるようになっていた。しかし、被上告人は、校長のこのような学校運営が、学力向上や学校経営の立て直しばかりを重視し、情操教育に対する配慮に欠けるものと批判的に考え、さらに、自分が部長を務める環境美化部の活動等についての改善案が予算の関係で容易に受け入れられないことなどのため、幹部教職員と意見対立を生ずるなどしていた。

3  被上告人の勤務状況については、かねてから次のような問題があった。

(一)  被上告人は、昭和五九年一月から同年三月までの間に八回、同年四月から昭和六〇年三月までの間に一九回、同年四月から昭和六一年三月までの間に三一回、同年四月から昭和六二年二月二七日までの間に一八回の遅刻をしており、その遅刻は、わずか数分であるとはいえ、多いときは一箇月に六、七回にものぼり、他の教員に比しても際立って多かった。

(二)  被上告人は、昭和六一年度の入学試験において、磯村勉教諭と共に英語の試験の立会監督をしたが、当日朝の職員朝礼で、ヒアリング問題の選択肢を印刷した用紙が別になっている旨の注意がされたにもかかわらず、この注意を聞き漏らし、右試験に際して、右用紙の配布を忘れて試験終了に至るまでこれに気付かず、担当教室の受験生に再試験を余儀なくさせた。

(三)  昭和六一年度の東北地区私学教育研修会の開催に当たり、本件高校には、特別教育活動の科目につき、専ら奉仕活動をテーマに研究発表するよう割り当てられた。本件高校の教頭である和田達は、校長と相談の上、かねてより特別教育活動、とりわけ奉仕活動に熱心に取り組んでいた被上告人に対し、右研究発表をするように業務命令を発した。しかし、被上告人は、本件高校は、生徒の社会奉仕活動に対して無理解であり、奉仕活動について研究発表をするにふさわしくない現状にあるとして、右業務命令に従うことを拒否した。

4  上告人は、被上告人の右2の態度や3の(一)ないし(三)の行為に加え、被上告人が職員会議において、テストの実施方法等に関する校長の指示、方針に反対したことなどから、被上告人の一連の行動は、上告人の学校運営及び教育方針にことごとく反発するものと解し、昭和六二年二月二七日、被上告人に対し、解雇の意思表示をした(以下「第一次解雇」という。)。

5  被上告人は、第一次解雇を不当として、昭和六二年五月一八日、秋田地方裁判所に地位保全、賃金仮払の仮処分を申請した。

6  被上告人は、第一次解雇後右仮処分の申請前に、秋田弁護士会会長あてに、第一次解雇の不当性を訴え、同弁護士会の人権擁護委員会及び子どもの人権に関する委員会による調査を依頼するとともに、右仮処分の申請のために適当な弁護士の紹介を求める文書(以下「文書一」という。)を交付し、さらにその後、同弁護士会会長あてに、「国学館教育と江畠校長(理事長兼任)の実態報告」と題する書面(以下「文書二」という。)を交付するとともに、同弁護士会あてにも、「江畠校長(理事長兼任)による教育の実態―国学館高校における生徒への人権無視と非人格主義の具体例―」と題する書面(以下「文書三」という。)を交付した。右各文書の記載内容には、次のような問題があった。

(一)  文書一及び二については、次のとおりである。(1) 学校会計に関し、文化祭でのバザーにおける収益がすべて学校収入に繰り込まれたとするなどの点で、事実に反し、かつ、上告人があたかも不正、不当な会計処理をし、不当な利得をしたかのごとき印象を与える記述が含まれていた。(2) 台湾への修学旅行の実施に関し、重要な部分で事実に反し、そのような事実によって上告人又は校長に不正行為があった可能性を示唆する記述がされていた。(3) 本件高校における労務管理に関し、上告人又は校長が不当な労務管理をしているかのような印象を与え、かつ、校長に対する人格攻撃と評価されてもやむを得ない記述が含まれていたが、その前提とされた事実を真実と認めることはできない。(4) 右の事実に反する各点について、被上告人がこれを真実と信じるに足りる資料を有していたとは認められない。

(二)  文書三については、次のとおりである。(1) 校長が、寮内での飲酒、万引等の問題を起こした女子生徒を理事長室に呼んで事情聴取をした際に、体に触るなどの行為に及んだり、生徒の人格をいたずらに傷付けるような言動をしたりした、あるいは、生徒に対して不当な処分をした旨の記述がある。しかし、これらの記述はいずれも真実と認めることができず、また、被上告人がこれを真実と信じるに足りる資料を有していたとは認められない。(2) 右(一)の(2)と同様の台湾への修学旅行に関する記述がある。

7  さらに、被上告人は、前記仮処分事件係属中に被上告人を取材に訪れた「週刊アキタ」誌の記者に、文書一及び二の写しを交付したか、少なくとも、これを示して説明をし、その結果、昭和六二年八月七日付け「週刊アキタ」誌に、校長の本件学校運営に対する姿勢やその実態に関し、右各文書における被上告人の言い分を引用する内容の記事が掲載されるに至った。

8  上告人は、その就業規程一五条において、「勤務成績がよくないとき」(一号)、「心身の故障のため職務の遂行に支障があり又はこれに堪えない場合」(二号)、「第二号に規定する外、その職務に必要な適格性を欠く場合」(三号)、「その他前各号に準ずるやむを得ない事由がある場合」(五号)を教職員の普通解雇事由として定めているところ、被上告人の右3の(一)ないし(三)のような従前の勤務状況に6及び7の行為などを併せ考慮すれば、被上告人は、右就業規程一五条一号、三号及び五号所定の解雇事由に該当するとして、昭和六三年三月一二日、第一次解雇の意思表示を撤回した上で、解雇予告手当として一箇月分の給与を支給するほかに退職金を支給する旨を明示して、改めて解雇の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

二  原審は、右事実関係の下において、被上告人の右一の3の(一)ないし(三)、6及び7の行為は、それぞれ、形式的には、就業規程一五条一号、三号又は五号に該当するといえなくもないが、これらをすべて総合しても、被上告人の行為の内容及びそのもたらした結果との均衡を失して過酷であり、客観的に著しく不合理であって、社会通念上是認し難いから、本件解雇は、権利の濫用に当たり、無効であるとして、被上告人が上告人に対し雇用契約上の権利を有することの確認を求める被上告人の請求を認容した第一審判決を維持し、上告人の控訴を棄却した。

三  しかしながら、本件解雇が権利の濫用に当たるとした原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

前記一の6及び7の事実によれば、被上告人は、文書一ないし三により、上告人の学校教育及び学校運営の根幹にかかわる事項につき、虚偽の事実を織り混ぜ、又は事実を誇張わい曲して、上告人及び校長を非難攻撃し、全体としてこれを中傷ひぼうしたものといわざるを得ない。さらに、被上告人の「週刊アキタ」誌の記者に対する文書一及び二の情報提供行為は、前示のような問題のある情報が同誌の記事として社会一般に広く流布されることを予見ないし意図してされたものとみるべきである。以上のような被上告人の行為は、校長の名誉と信用を著しく傷付け、ひいては上告人の信用を失墜させかねないものというべきであって、上告人との間の労働契約上の信頼関係を著しく損なうものであることが明らかである。第一次解雇が校長の学校運営に批判的で勤務状況にも問題のある被上告人を排除しようとして性急にされたうらみがないではないことや、被上告人が、秋田弁護士会又は同弁護士会会長あてに前記各文書を交付したのが第一次解雇の効力をめぐる紛争中のことであったことを考慮しても、右の評価が左右されるものとはいえない。そして、被上告人の勤務状況には、前記一の3の(一)ないし(三)のような問題があったことをも考慮すれば、本件解雇が権利の濫用に当たるものということはできない。

四  以上のとおり、本件解雇が権利の濫用に当たるとした原審の判断には、法令の解釈を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前示説示によれば、被上告人と上告人との間の雇用契約は、本件解雇によって終了したものであるから、被上告人の本訴請求は棄却すべきである。

よって、原判決を破棄し、第一審判決を取り消した上、被上告人の請求を棄却することとし、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三好達 裁判官 小野幹雄 裁判官 大白勝 裁判官 高橋久子)

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